2017年11月10日金曜日

私の苦労話 Part 3: 腎臓の高次構造を試験管内で再現 (2017.11.10)


  2017119日(日本時間1110日)Cell Stem Cell誌に論文を発表しました。腎臓はネフロン前駆細胞、尿管芽、間質前駆細胞という3つの前駆細胞から形成されます。私たちは4年前に、マウスES細胞とヒトiPS細胞からネフロン前駆細胞を誘導してCell Stem Cell誌に報告しましたが、今回は2つ目の前駆細胞である尿管芽を、マウスES細胞とヒトiPS細胞から誘導することに成功したという論文です。本来、尿管芽は複雑に分岐し、原尿を一本に集める構造を作るわけですが、誘導した尿管芽はマウス、ヒトともに分岐できます。さらに、マウスES細胞から誘導したネフロン前駆細胞と尿管芽に、3つ目の間質前駆細胞(これはまだES細胞からできていないので、代わりにマウス胎仔から取ってきたもの)を混ぜ合わせると、複雑に分岐した尿管芽の先端にネフロン前駆細胞及びネフロンが分布するという、腎臓に特徴的な高次構造が再現できました。ヒト胎児由来の間質前駆細胞が入手できないので、ヒトで同じことはまだできてきませんが、間質前駆細胞がヒトiPS細胞から誘導できれば、理論的にはヒト腎臓の高次構造が作れる可能性がでてきたことになります。そもそもこのように分岐する複雑な構造は、3Dプリンターでも使わないと作れないと考える研究者も多かったわけですが、今回の結果は、正しいものを誘導してあげれば、細胞だけで可能ということを示しています。
 この仕事は太口敦博さんが一人でやり遂げたものです。4年前のネフロン前駆細胞の誘導も彼の仕事であり、それに引き続いての大きな成果に心から敬意を表します。特に、小さいマウス胎仔を多数使った実験は、端から見て大変なものでしたが、彼は淡々とこなしていました。実は20149月には分岐する尿管芽が早くもできたのですが、そこから条件を最適化し、いくつもの謎を解き明かすことで、完璧な誘導法を仕上げてくれました。しかし、もう少しというところでの熊本地震 (20164)。発生医学研究所は建物や研究機器に甚大な被害を受けました。所長になって2週間の私は過労死するかもと思いながら事にあたりましたが、太口さんを含む多くの若手研究者が率先して復旧に取り組んでくれ、全国からも多くのご支援やご寄附をいただいたおかげで、復旧が早く進みました。改めて御礼申し上げます。20173月時点で内部と研究機器は完全に復旧しており、建物の修復工事ももうすぐ始まります。私たち研究者は研究しかできないので、今回のような研究成果の報告をもって恩返しとさせていただければありがたいです。
 私としては1996年に腎臓発生研究を始めてから21年、太口さんは2009年から8年かけて、ここまでたどり着きました。しかし、3番目の間質前駆細胞を誘導しなければならないし、血管を取り込み、排出路である尿管を作り、移植して尿をつくるという機能を持たせねばなりません。やるべきことはまだまだありますが、腎臓を作るという21年前の私の「夢」は、既に到達可能な「目標」になっています。一つずつクリアしていけば必ず到達できるはずです。ラボの現メンバーの皆さんの更なる奮闘と、より若い世代の参入を期待しています。一方、太口さんは新たな視点を学ぶためにこの9月からドイツに留学しており、彼がさらに成長して腎臓研究に戻ってくることを心待ちにしています。かつての教え子である長船さんや高里さんも既に研究室を主宰しており、日本全体として腎臓発生・再生研究が加速しています。またアメリカでも20を越える研究室がコンソーシアムを組んで研究しています。私の夢は思ったより早く実現できるかもしれません。その日を目指して、私自身ももうひと頑張りしたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。